【コラム】勇気くじきにならない、アドラー的な言い換えとは?

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アドラー心理学研究会代表の佐高 葵月代です。
今日はランチに久々にインドカレーが食べたくなって、時々お邪魔する店に行ってきました。
昼時とあって、ビジネスマンや学生で混雑している中、70代のご夫婦と思われる素敵なカップルが近くのテーブルに座っていました。ご主人はダンディな服装で、いかにもザ・紳士といういでたち。
奥様とにこやかに談笑しながら、ご主人のほうはビールも飲み、ご機嫌な様子です。
ほほえましいなぁと思いつつ、私も運ばれてきたカレーを食べていると、食べ終わってレジに向かったご主人が、インド人の店長に話しかけました。

紳士「あんた、店長?」
店長「はい」

私は今日のランチに感謝の言葉でも述べるのかな、と思っていたところ、

紳士「この店は、何度か来ているけど、味変わったな。コック変わったんだろ」
店長「いえ・・・」
紳士「ほんとか?ナンはギトギト、カレーには油浮いてるし、食べられた代物じゃない」
店長「?!・・・」
紳士「あんたら、自国でもこれと同じように食べてるの?」
店長「はい・・・」
紳士「そんなわけないだろ。あれはまったくもって、年寄り向けじゃない。今日のことは友達にも話すからな。この店には行くなって。私ももう来ないからな!」

耳を疑いました。
奥さんは居づらくなって、先に外に出てしまいました。
レジ周りのテーブルも、白けた雰囲気になっちゃって。

だったら、カレーもナンも残せばいいじゃん。
ふたりとも完食していたし、ビールも飲み切ってたし。
せめて、運ばれてきたときか、食べ始めてすぐに、「油浮いてるんだけど」とか、言う選択もあっただろうに。

ちなみに、私のナンはギトギトじゃなかったし、カレーにも油浮いてなかった。
カウンターで隣に座っていた人たちのカレーもおいしそうだった。

自分の会計を済ませたときに、店長には「いつものように、おいしかったよ。ごちそうさま」と伝えて店を出ました。

店を出て、飲食店は大変だな…と思いつつ歩いていて、ふととても悲しくなってきました。
それは、店長に対する哀れみとか、紳士に対する怒りではなく、あの夫婦が楽しそうに食べていた時間、紳士が帰りに文句言ってやろうと考えていたのかな、ということに対する悲しみでした。

クレームは、しかるべき時は、適切な伝え方をすると、言ってもいいと思うのです。
その店が、さらに良くなるようにと、勇気づけの気持ちをもって伝えることもできると思うのです。

どんな言い方があるか、歩きながら考えました。

「以前何度か来たことがあるけど、今日はちょっと油っこく感じたよ。そのせいか、ビールが進んだけどね。インドではこのぐらいの味が普通なのかもしれないけど、日本の年寄りには、もう少しあっさりしたメニューがあるといいかもしれないね。そうすると年配者のお客さんも増えるかもしれないよ。ごちそうさまでした」

というのは、どうだろう?
感情を伝えるのではなく、気持ちを伝える努力、したいです。

人のふり見て、自分のふりも気づかされます。

トップのバラの写真で気分直しを。今年の北広島市のオープンガーデンの写真です。


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コメント

  • コメント (3)

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    • 池田 勝範
    • 2016年 7月 08日

     何だかさみしくなるような話ですね…。自分の優位性(客)をことさら強調しているように思っています。どの人に対しても、尊敬と信頼を持って対応していきたいものです。私だったら、何も言わず次回の来店をしないことを選択するかもしれません。
     そういったことを考えると、相手に自分の意図を伝えているとも取れます。(もちろん、言葉や口調などはまったく参考になりませんが。)
     何にせよ、この方の行動は、私自身の行動を省みる「反面教師」とさせていただこうと思います。

      • Akiyo Sataka
      • 2016年 7月 18日

      池田さん、私も考えさせられました。いくつか対応の仕方はあると思うのですが、この方は自分の押し付けだけで、相手に伝わる要素が少ないと感じました。言われたほうも、がっかりしますし、SMILEでいうところの「復讐的」な結果になってしまいました。日常の中に、学べるシーンはたくさんあり、その中で勇気づけに気付いていけるようになりたいものです。

        • 池田 勝範
        • 2016年 7月 18日

        その通りだと思います。「日常の中に学びあり」ですね。

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